東京地方裁判所 昭和62年(ワ)709号 判決 1988年1月27日
原告
株式会社ヒタニ
右代表者代表取締役
日谷利栄
原告
日谷利栄
原告
日谷わた
右三名訴訟代理人弁護士
岩渕秀道
同
羽渕節子
被告
株式会社コミヤ
右代表者代表取締役
小宮清美
右訴訟代理人弁護士
高橋保治
同
當山泰雄
同
橋場隆志
主文
一 本件訴えを却下する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第四〇〇五号、同五七年(ワ)第一〇七二八号反訴事件についての昭和六〇年一二月二六日付の裁判上の和解は無効であることを確認する。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
本件訴えを却下する。
(本案の答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
別紙請求の原因記載のとおり。
二 被告の本案前の主張
1 原告らは、昭和六一年三月一九日請求の趣旨記載の事件の裁判上の和解が無効であるとして期日指定の申立を行い、東京地方裁判所民事第五部は審理の結果右事件について「本件訴訟は昭和六〇年一二月二六日の和解の成立により終了した」旨判決し、原告らが控訴したが、東京高等裁判所第十一民事部は「本件控訴を棄却する」旨判決し、右判決は原告らが上告しなかつたので昭和六一年一二月一二日の経過により確定した。
2 本件訴えは、右判決の確定後に提起されたものであり、前記裁判上の和解の有効、無効についての紛争を蒸し返すものであつて、裁判の一事不再理の原則に反し、右確定判決の既判力に抵触するものであるから、不適法として却下されるべきである。
三 被告の本案前の主張に対する原告らの答弁
1 被告の本案前の主張1の事実は認める。
2 同2の主張は争う。
裁判上の和解には既判力はなく、和解無効確認訴訟は法律上認められているのであるから、本件訴えは適法である。
四 請求原因に対する被告の認否すべて争う。
第三 証拠<省略>
理由
一まず、原告らの本件訴えの適法性について判断する。
1 <証拠>によれば、以下の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない(被告の本案前の主張1の事実は当事者間に争いがない。)。
当庁昭和五一年(ワ)第四〇〇五号建物明渡等請求事件及び昭和五七年(ワ)第一〇七二八号所有権移転登記抹消登記手続反訴請求事件(以下、まとめて「旧訴訟」ともいう。)は東京地方裁判所民事第五部に係属していたが昭和六〇年一二月二六日の第七一回口頭弁論期日において別紙和解条項記載の内容の裁判上の和解(以下「本件和解」ともいう。)が成立し、調書に記載された。
旧訴訟の被告(反訴原告)である本件原告らは、昭和六一年三月一九日本件和解が無効であるとして旧訴訟についての口頭弁論期日指定の申立をし、右裁判所は口頭弁論期日を開いてその当否について審理をし、昭和六一年八月二八日、本件和解が有効に成立していることを理由として、「本件訴訟(旧訴訟)は、昭和六〇年一二月二六日の和解成立により終了した。被告(反訴原告)らの昭和六一年三月一九日付書面による口頭弁論期日指定申立以後の訴訟費用は、被告(反訴原告)らの負担とする。」との判決をした。
右判決に対し、本件原告らが控訴して、東京高等裁判所昭和六一年(ネ)第二五七一号事件として係属したが、同裁判所第十一民事部は本件和解の効力の有無について実質的な審理をし、口頭弁論を昭和六一年一一月一二日に終結したうえ、同年一一月二六日、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決をし、本件原告らが上告しなかつたので、右判決は昭和六一年一二月一二日の経過により確定した。
本件原告らは、右判決確定後である昭和六二年一月二二日に本件訴えを提起したが、右確定判決の審理においても本件と同様の和解の無効原因を主張していた。
以上のとおりである。
2 成立した裁判上の和解の効力を争う方法については、裁判上の和解の性質と関連して諸説があるが、実務上は当該訴訟についての期日指定の申立による方法及び和解無効確認の訴え等別訴を提起する方法のいずれもが是認されているところである。
しかしながら、その趣旨は裁判上の和解の当事者がいずれかの方法を選択して和解の効力を争うことができるというにとどまり、右の各方法によって同時にあるいは繰り返して訴訟上の和解の効力を争うことまでをも是認するものではないと解される。
本件原告らは、1認定のとおり、本件和解の効力を争つて旧訴訟についての期日指定の申立をし、本件和解の効力の有無について審理がなされ、既に旧訴訟の判決の主文で「本件訴訟(旧訴訟)は、昭和六〇年一二月二六日の和解成立により終了した」旨を宣言する形式で公権力による終局的な判断を経ているのであるから、右判決の確定後に改めて和解無効確認の訴えを提起して本件和解の効力を争うことは、右確定判決の既判力そのものに抵触するといえるか否かはさておくとしても、裁判の一事不再理の理念及び訴訟上の信義則に照らしても到底許されないところである。
二よつて、原告らの本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官氣賀澤耕一)
(別紙) 請求の原因
一、東京地方裁判所昭和五一年(ワ)第四〇〇五号、同五七年(ワ)第一〇七二八号反訴事件原告(反訴被告)株式会社コミヤ代表取締役小宮清美、被告(反訴原告)株式会社ヒタニ代表取締役日谷利栄、被告(反訴原告)日谷利栄並びに被告(反訴原告)日谷わた事件は和解に付せられた。
1.同六〇年六月一七日の和解期日において
裁判官から次のとおり指示を受けた。
①本件不動産の価額をどうみるか。
②物件の取得者をどちらにするか、原告(本件被告)にした場合と被告(本件原告ら)とした場合の両案を提示すること。
③清算する場合遅延損害金果実(賃料)の清算、固定資産税、火災保険料、管理維持費等の計算をどうするか
④被担保債権をどうみるか。
2.同六〇年七月一五日の和解期日において
原告(本件被告)から和解案を提示被告(本件原告ら)は本人の意思により提出せず、次回までに原告(本件被告)の和解案を検討すると共に被告(本件原告ら)の和解案を提出すること。
原告(本件被告)の提示の和解条項
第一案
建物の賃料収入と固定資産税、管理費用等を相殺すること。
供託金の外一〇〇〇万円を支払う。
不動産は原告(本件被告)の所有とする。
被告(本件原告ら)に三階使用を認め、被告(本件原告ら)に管理してもらい管理費と家賃を相殺する事実上無料とする。
七階のプレハブを撤去すること。
ヒタニビルの名称は使用してもよい。
第二案
本件不動産を被告(本件原告ら)に買取つてもらう。この場合代金として六〇〇〇万円をもらいたい。
第三案
本件不動産を第三者に売却する。
この場合の売得金は原告(本件被告)が七割、被告(本件原告ら)が三割とする。
(以上甲第一号証)
3.同六〇年七月二五日受付で被告(本件原告ら)の代理人築尾晃治弁護士辞任
4.同六一年一二月八日被告(本件原告ら)は原告(本件被告)代理人から清算金名目の書類を交付を受けた。(甲第二号証)
5.同年一二月二三日被告(本件原告ら)は右清算金名目の書類の説明を求めた。
6.裁判官は右二三日に次回期日を同月二六日と指定し被告(本件原告)日谷わたがそれまで出頭していなかつたので、右二六日の期日に同行することを求められた。
7.同年一二月二六日の和解期日において原告(本件被告)から和解条項を裁判所に提出したが、被告(本件原告ら)には交付しなかつた。
右和解条項は甲第三号証の訂正前のものであつた。
8.右和解条項につき、右二六日に原告(本件被告)と裁判官が協議の上訂正した。(甲第三号証)
右訂正については被告(本件原告ら)は関与せず、その内容の読聞けも又説明も受けていない。
9.被告(本件原告)日谷利栄は右訂正和解条項のコピーを請求し、その内容を検討の上諾否を決定するつもりであつた。裁判官は右コピーの作成のため退席し、その儘席に戻らなかつた。
その直後右コピーは被告(本件原告)日谷利栄は書記官から受取り右期日は終了した。
10.結局被告(本件原告ら)は右コピーを受取り帰宅し、その内容を検討の上被告(本件原告ら)から案を提出するつもりであり、右二六日には訂正和解条項の読み聞けも又その内容の説明も受けてはいない。
二、特に被告(本件原告)日谷わたは右二六日の期日に始めて出頭したものであり、同日右訂正和解条項も見ていないことは勿論その読み聞けも又その内容の説明も受けていない。
被告(本件原告)日谷わたは本件物件の三分の一の持分権を有し(甲第一〇号証)、これは老後に備えた唯一の財産であつたものであるからその持分権を原告(本件被告)の所有であることを確認することなど在り得なかつたものである。
三、然るに同年一二月末に至り裁判所から被告(本件原告ら)に対し同人らの和解案の提出もない儘和解調書(甲第四号証)の送達を受け驚愕した。
四、右のとおり右和解調書は裁判所から読み聞けも受けずその内容の説明も受けておらず、右和解調書には関与しておらず、右和解条項を承認する筈もなかつたものであるから右和解調書は無効である。
五、右和解調書中清算金分一一五〇万円とあるに拘らず甲第三号証の訂正和解条項には清算金六〇〇万円とある事実からして右和解調書は甲第三号証の和解条項に基づかずして別個に被告(本件原告ら)の不知の間に作成されたものである。
六、本件被告は同五一年(ワ)第四〇〇五号事件の請求の原因において本件原告らと本件被告間に同四六年二月一五日付本件物件の買戻し特約付売買契約をなし、代金二三五〇万円と定めたところ本件原告らが買戻し期間中に買戻しをしなかつたことを事由に本件原告らに対し本件建物の占有部分の明渡しを求めているが(甲第五号証)、本件原告らは右代金の支払も受けておらない。
本件被告は右買戻し特約付土地建物の売買契約は債権担保のものであることと自認しており、これを譲渡担保であり(甲第六第七号証)本件物件の所有権は本件原告らに留保されていたものである。
右留保の事実は右契約後本件原告株式会社ヒタニは本件建物の所有者として同四七年二月一〇日株式会社セブン社代表取締役鈴木フジエに本件建物六階全部を賃貸し(甲第八号証)同年三月二八日に有限会社日生美術総合印刷代表取締役鈴木 利に五階全部を賃貸して(甲第九号証)いる事実からして明かである。
七、本件被告は本件原告らが買戻しをしなかつたので清算し清算金一一五〇万円と主張しているが本件物件は当時少なくとも金六〇〇〇万円以上の価値を有したものであり、且又被担保債権は本件原告らの支払つた超過利息の超過分を元本の支払に充当し完済しているものであるから(甲第十、第十一号証)これを金一一五〇万円の少額で清算することは暴利行為であり無効である。従つて清算は完了しておらず本件物件の所有権は依然本件原告らに存するものである。
八、本件原告らは本件物件の所有権が本件原告らに留保されているに拘らず買戻しをしなかつたから本件物件の所有権は被告にあるものと誤信し本件和解をなし本件物件の所有権は本件被告にあるものと確認しこれを前提として和解しているものであるところ本件原告らは本件物件の所有権が本件被告に移転していない事実を知つていたならば右和解をする筈もなかつたものであり、右和解は要素の錯誤により無効である。
九、私法上の和解は当事者が互に譲歩することを要件の一とし互に譲歩がなければ和解は成立しないものである。互に譲歩とは当事者がそれぞれ対立する主張の一部を放棄することであり、互に損失を被むることを承認することである(鳩山秀夫著日本債権法各論下巻七二二頁以下来栖三郎著契約法学全集21七〇八頁以下)。
裁判上の和解は私法上の和解を包含するものであり、私法上の和解が無効であれば裁判上の和解も無効となるものである。本件において私法上の和解条項に対し
1.一、につき
本件被告は何らの譲歩もしていない。
2.二、の(一)につき
金一四三〇万円の支払は後記二、の(二)の(イ)(ロ)記載のとおり本件被告に支払義務ある立替金八五〇万円並びに未払管理料分金一〇〇〇万円合計金一八五〇万円の一部支払いに該当するものであるから本件被告の譲歩となるものではない。
3.二、の(二)の(イ)立替金八五〇万円及び二、の(二)の(ロ)の未払管理料分金一〇〇〇万円は本件被告に支払義務あるものでありこれを支払つたとしても何ら本件被告の譲歩となるものではない。
4.二、の(二)の(ハ)につき
本件原告らは清算金一一五〇万円と合意した事実はない。右清算金は前記四、記載のとおり無効のものであり本件被告の譲歩となるものではない。
5.二、の(二)の(ニ)につき
本件被告に何らの譲歩はない。
6.三、につき
各登記は本件被告が各抹消登記をなしたものであり、本件被告に有利であるものであり、右抹消登記手続費用は当然右申請者である本件被告の負担すべきものであり本件被告の譲歩となるものではない。
7.四、につき
本件原告及び本件被告間の本件建物三階部分についての賃貸借契約であり本件原告との関係においては本件被告は何ら譲歩しているものではない。
8.五、につき
金五五〇万円については前記二、において相殺しており本件被告には何らの譲歩もないものである。
9.六、につき
本件建物については建築当初からヒタニビルと称していたものであり本件被告に何ら譲歩はない。
前記四、記載のとおり清算未了であるから本件建物の所有権は依然本件原告に存するものであり右清算完了しない限りヒタニビルの今後の使用期間を二〇年としても未だ本件被告の譲歩となるものではない。
10.七、並びに八、につき
本件は和解無効であり訴訟は終了していないから和解成立を前提としての各請求の放棄又は訴訟費用の負担の問題は発生する余地はなく本件被告の譲歩となるものではない。
従つて本件における私法上の和解は成立せず無効であるから裁判上の和解も当然無効である。
よつて右裁判上の和解無効訴訟を求めるものである。
別紙和解条項
一 被告(反訴原告―以下単に被告という)三名は、原告(反訴被告―以下単に原告という)が別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)及び目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を昭和四六年二月一五日付売買により取得したものであること、及び、現在も同土地建物が原告の所有であることを確認する。
二(一) 原告は、被告三名に対し合計金参阡万円の和解金の支払義務あることを認め、
昭和六〇年一二月二八日限り金壱阡五百五拾万円(但し、内金五百五拾万円は第五項(三)の債務引受の対価金五五〇万円と相殺する)を、
昭和六一年一月末日限り残金壱阡四百五拾万円を、
それぞれ被告日谷利栄方に持参もしくは送金して支払う。
(二) 右和解金参阡万円の内訳は、左記のとおりとする。
記
(イ) 立替金分 金八五〇万円
但し、本件土地、建物に関するエレベーター管理費等の立替分。
(ロ) 未払管理料分金一〇〇〇万円
但し、昭和四三年一月より本日までの分。
(ハ) 清算金分 金一一五〇万円
但し、昭和四六年二月一五日付売買契約の清算金として本日合意したもの。
(三) 被告三名は、原告に対し、原告が昭和五九年一二月一一日東京法務局昭和五九年度金第九八九一六号を以て供託をなした金三一六万九一六七円につき、原告が同供託金の取戻請求をなし、これを受領することに同意する。
三 被告三名は、前項(一)の和解金全額の支払と引き換えに、本件土地につきなされた別紙登記目録(一)記載の買戻特約登記及び、本件建物につきなされた同目録(二)記載の買戻特約登記の各抹消登記手続をする。
但し、登記手続費用は原告の負担とする。
四(一) 原告は、本日、被告三名に対し、本件建物の三階部分(但し、居室部分に限り、共用部分を含まない)を、賃料一カ月当たり金七万円の約定により賃貸し、被告三名はこれを賃借した。
(二) 原告は、被告株式会社ヒタニに対し、本日より、本件建物の管理費(但し、電気料・エレベーター代は、別途原告の負担とする。)として一カ月当たり金七万円を支払う。
(三) 前(一)(二)の契約期間は本日より満二〇カ年とする。
(四) 前(一)の賃料及び前(二)の管理費は、同額とみなす。
五(一) 本件建物の一階部分につき、訴外遠藤栄が、被告株式会社ヒタニと同訴外人間の昭和六〇年五月四日付仮店舗賃貸借契約に基づき(但し、原告は承諾していない)占有使用中であるが、原告は現状のまま、本日、引渡を受けた。
(二) 原告は、右仮店舗賃貸借契約に基づく、被告株式会社ヒタニの訴外遠藤栄に対する敷金五五〇万円の返還債務並びにその他本日時点での一切の債務につき、免責的に債務引受けをなし、被告らはこれを承諾する。
(三) 被告らは、原告に対し、右債務引受の対価として金五五〇万円の支払義務があることを認める。
六 原告は、被告らに対し、本件建物につき、二〇年間の間「ヒタニビル」の名称を使用することを承諾する。
七 原告は、被告らに対するその余の本訴請求を、被告らは、原告に対するその余の反訴請求をそれぞれ放棄する。
八 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、各自の負担とする。
別紙物件目録<省略>
別紙登記目録<省略>